ウィンザーカレッジの英語コースとIT(ディプロマ)を終えて。
夏野 清隆さん
シドニー、ワーキングスタディコース参加


私は、2001年の9月から2003年の12月までをシドニーで過ごしました。
当時すでに30歳を超えており、子供二人と嫁を連れてシドニーに入りでしたが不思議と不安はあまりなく、何とかなるだろうという気持ちだった事を覚えています。
これがある意味においてキーになっていたようです。

シドニーでの生活が始まるまでは仕事をしながら英語を学ぼうという予定でしたが、ある時、英語を習得するという事は簡単ではない、きりがない作業に入り込んでしまったな。
という事に気がつき出来る限りの時間を英語の習得に費やす事にしました。
とはいえ家族が一緒でしたので家族と過ごす時間というのは家族のためにも自分の為にも必要不可欠でしたので時間面でのバランス、精神面でのバランスには注意を払っていました。

ある程度の英語力がついてからは、カレッジでプログラミングを習うようになるわけですが、英語を習い始めて始めの4ヶ月くらいが一番辛く、ストレスが溜まってどうしようもない事が月に一度はありました。
今でもよく思うのですが、英語の習得する為のベストの方法はないような気がします。
とにかくオーストラリアに住んでいたわけですからベストの環境は作っていましたので、その環境は最大限に生かすことを考えていました。

いろいろな方法はあるでしょうが私の場合は、テレビをみて、新聞や本を読んで、ラジオを聞いて、メールを書いてなど、ごくありふれた生活習慣を当たり前に生活の中に取り組む事をこだわっていました。
自分の英語力が一つのレベルを超え、先ほども書いたとおりITを習う事になったわけですがそれは、私自身新しい分野を開拓したいという気持ち、知り合いのアドバイス、まだまだ就職には有利だろうなどの理由からでした。

英語を習う事と比べると、自分のスキルアップを確認出来るという点においてストレスを感じずに勉強でき、プログラムを習いながら英語力も付いていくわけでしたので、楽しみながら勉強が出来るという感覚を持ちながら過ごした時期でした。

シドニーでの生活がだんだん長くなり、日本での環境、例えば、不景気、就職難などという事が現実としてあまり実感しなくなっていたのがこの時期だったようなきがします。
ただシドニーにいて出来る限りの知識だけは身に付けよう。
そうすれば後は何とかなるだろう。
というまさしくオージー的ないい意味での楽観主義的な考えを持っていました。

ITのディプロマを収得しその後、日本に帰り就職活動という流れになるのですが不思議な程あせる事もなく順調に就職活動を進めることが出来ました。
私の場合、あまり事前に最近の就職状況、ITの求職状況を調べてはいなかったのですが、面接などを通してその業界を把握する事が出来ましたし、いろいろな人からのアドバイスをもらう事も出来ました。
最終的には6社面接して4社合格。その中で一番条件の良かった会社で現在働いています。
人によって条件というのは違ってくると思いますが、私にとってはとにかく英語を使えるITの会社で働く事でした。
せっかく苦労して習ったわけですからそのような会社でないと意味がなくなるわけですからこの点に関してはこだわってました。

現在、外資系の会社でシステム管理をしています。
ITのトータルな知識を要求される。書類は全て英語。
メールのやり取りも英語。
会議も英語。

まだまだ全ての面においてスムーズに仕事が出来るというレベルではないですが、自分の理想どうりのポジションで働けていると思っています。
このように書くと何かの成功例のようですが、勉強して就職がうまくいってというようなことは、私自身考えた事もありません。

私にとってシドニーでの生活は、私の人生の中の宝物であり、心の中の宝物であり、勉強という概念以外において習う事が多く、感動の連続でしたので、今の私の中ではシドニーで勉強して順調に就できたというのは、シドニーでの生活のほんの一部でしかありません。

文化の違いや英語などで苦労は耐えませんでしたが、その分人に感謝する事を素直に感じたり、友人、隣人を大切にする気持つことができたことは今後の自分自身にとってはもっと大切な事だと強く感じます。
極端な話もし日本に帰ってきて私が就職で大変な苦労をしていたとしてもシドニーに行った事は全く後悔しなかったでしょう。それ以上の事を経験できましたし、たくさんの友達もいます。

もし誰かがオーストラリアに行きたいと私に相談しに来たとしたら迷いもなくお勧めすると思います目的も大切でしょうけど、それ以上に何かを得る事が出来る可能性があるでしょう。
感動できる事もいっぱいあるでしょう。