ロサンゼルス、グローバリストチャレンジコース
庭野 礼子さん
そもそも私が留学をしようと考えるきっかけは自分の友達の存在だと思います。
中学まではとても田舎の地元の学校に通っていたため英語を話せる人なんて、全然いなくてみんな同じくABCからのスタートでした。だから誰がよく英語をできるかは、というのは必然的に勉強の良くできる子そのものでした。

 けれど高校から地元を離れ、進学校に進むと、そこには勉強はできないけど海外生活が長いがために英語の話せる人、テストは得意ではないけど会話は得意な人、そんな人がちらほらと回りにいるようになったのです。

国際情報高校という高校の名前からわかるように英会話とコンピューターに重きを置いたカリキュラムで英会話の授業が小人数で行われる毎日でした。
けれど、「進学校」ということもあって、会話以上に入試に向けての勉強が意識の中心にあった私は、そんな一部の話せる人を運のいい人だな、ぐらいに思っていました。

しかし大学に入るとまたさらに海外生活経験のある友達はますます増えて、そんな友達をうらやましいというと「話せるからといって何にもならないよ。 ただ一手段でしかないのさ」そういうのでした。
けれどその話せるという手段を持っているがために彼らに開かれている選択肢(たとえば進学、就職、もっと細かく見れば選択する大学の授業)は話すことのできない私よりはるかに広いのです。

そして決定打となったのが大学推薦の留学プログラム、そこには応募の条件として、「日常生活および学業を留学先の言語で行うことが可能な者」とあるのでした。はなから応募することをできない私とは
逆に3人の知り合いはそれぞれドイツ、アメリカ、フランスへと行ってしまいました。

 こうなると負けず嫌いの私としては、「私は彼女達のように海外生活をするようなチャンスもなかったし、大学に進学するのに必死の勉強でそんな余裕もなかったし」と言い訳しているわけには行かなくなったのです。

 学生生活も4年になるとみんな必死に就職活動を始めました。けれどそのうちに「どこでもいいから早く決めたいよ」そうゆう子がほとんどになってきました。大学4年間で私達は何を学び、どういかして就職するのだろうか?

高校卒業、大学進学、その後は就職、確かに確実な道かもしれないけれど、このまま就職したのでは
私には何もない、そうつよく感じるだけで、就職するわけにはいかない気がしました。大半の人が取る道を取ってしまい日常に満足してしまえば、新しくチャレンジを興すことは大変なパワーが必要になると思います。

大学卒業という転機が私の中で最後のチャンスだと思い留学に踏み切ることにしました。
 たとえどんない良いプログラムも悪いプログラムも、その人次第で内容は変わってくると思います。
私は今回の参加にとても大きな犠牲や遠回り、周りの人への負担をかけている分なんとしてでも成功させなければと自分を追いこんで、日々何かを身につけるための最後の自由な時間として過そうと思っています。